marthe

♡ 50代主婦の周辺 ♡

良い人の話はつまらない



今年読んだ本の中で一番面白かった。大野露井という訳者のおかげでもあると思う。訳が自然で洗練されていて頭にすんなり入って来る。この人の訳したものを全部読んでみたい。


著者のモーリス・サックスの人生は短かった。パリでユダヤ人の宝石商の家に生まれ、裕福だった実家が没落し金と名声を追いかけた38年だった。彼の周りには富裕な奇人変人が多く育った環境も大きいと思う。彼は自分が善良に生まれついてこなかったと言う。彼の独白を読むと確かに悪い男なんだけれど、この世に善良に生まれてくる人がいるのかと半世紀生きて思う。夏目漱石はどんなに善良そうな人間も豹変すると言っているし、それは本当なんだと思う。モーリスにも一応理性があって苦しむのだけれど、自分の中の悪に押し切られてしまう。それが彼の魅力となっていて読者を飽きさせない。疎遠だった孫たちに何かしら残した祖父はモーリスには何一つ残さなかった。血は繋がっていなくても、子供だったモーリスは彼を崇拝し頻繁に会っていたので相当ショックだったようだ。祖父は作曲家ビゼーの息子でモーリスの祖母の再婚相手だった。彼は神経衰弱気味の実業家でモーリスの前でピストルをこめかみに当てるような男だった。(実際にピストル自殺した)モーリスはビゼーの名前を利用してアメリカで荒稼ぎしたり、シャネルやコクトーの金を何度もちょろまかしたり、大戦でゲシュタポに密告し仲間を裏切る。最後はドイツ軍の捕虜となり「もう歩けない」と告げると射殺された。